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私たちの歩み
『三次教会100周年記念史 結ぶ』より

私たちは2014年に創立100年を迎えました。

現在は標語として「日々新しく生きる」を掲げ、私たち自身が神によって新しくされ、多くの人と共に恵みを分かち合いたいと願っています。

【前史から太平洋戦争終結まで】

​広島県北地方でも明治期頃からプロテスタント諸派の宣教が知られています。庄原英学校を訪ね、いくつかの授業を受け持ったメソジスト教会のJ. W. ランバス、三次の信徒宅を講義所とした日本基督教会の中山國三、路傍伝道をしたアライアンス教会のバアンズなどの働きがありました。

​三次教会創立に直接つながる働きをしたのは1911年に広島に来た宣教師ヘレフォードです。会堂建築のための資金支援、伝道師の招聘など、多くの働きが記録されています。1914年に三次町に土地を取得、この登記の日(1914年10月26日)が後に創立記念日として定められました。

戦時中は庄原教会牧師の笹尾清史が兼任となる時期もあり、1944年ころからは会堂を軍の倉庫として徴用され、教会活動は休止状態となってしまいました。

【敗戦から創立50年まで】

広島で被爆し、疎開していた広島城北教会牧師、早水巌が三次教会牧師館に居住することとなり、はじめ兼任牧師として、後に専任牧師として、教会の新しい出発を共にすることとなりました。このころ、教会堂現在地に農村伝道センターがつくられています。各地の伝道集会や『地の塩』誌発行などの文書伝道が特徴としてあげられます。

【創立100年まで】

1969年、早水の後任牧師として田中清嗣が赴任しました。この13年間で教会の体制づくりが充実、また教会墓地が整えられました。

田中の後任となった高橋敏通が就任してから、教会堂新築と移転が協議され、1984年に現会堂が三次市十日市に建設されました。

そののちに牧師となったのは、順に津村一志、原野和雄、笹部一正、老田信(代務者)、小野輝(現任)です。

2014年10月26日に創立100周年記念日を迎え、前年から続けてきた記念事業としての特別礼拝、教会史編纂、施設面の改修に加え、記念式典を行いました。

​(文責 小野輝)

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